看護師を辞めて数年経ちます。
「また看護師に戻るの?」って聞かれることもあるし、自分でもぼんやり考えることがある。そんな中でふと思うのが、あの経験って無駄じゃなかったな、ということ。
でもそれは「看護師って素晴らしい仕事!やってよかった!」みたいなきれいごとじゃなくて。良くも悪くも、今の自分につながってるなって感じるんです。
私は割り切って働くタイプだった
最初に言っておくと、私は看護師の仕事にそこまでの情熱を注げるタイプじゃなかったです。
患者さんのことを考えて仕事するけど、仕事は仕事。割り切って働くタイプ。看護計画とかカンファレンスとか、「これ本当に必要?」って思いながらやってた部分もあって笑。
そんな私でも、忘れられないエピソードが2つあります。
孫が20人近くいたおばあちゃんの話
病棟で働いていたころ、看取りに立ち会ったことがありました。
そのおばあちゃん、孫が20人近くいて。しかも当時の私と同世代の孫がたくさんいたんです。面会のたびにみんなが集まって、泣いて、ずっと寄り添っていて。
おばあちゃん自身もしんどいはずなのに、面会が終わったあと「あの子はすごくてね」って孫の話をするんです。
それを聞いていて、うわぁいい関係築いてきたんだなこの人たち、って思って。こんなにたくさんの人に愛されて、最後まで孫の自慢をしてる。
看護師として最後の時間に立ち会わせてもらったからこそ、見えた景色でした。
それからです、親を大切にしようとか、子どもを祖父母に積極的に会わせようとか、意識するようになったのは。
地震の朝に気づいたこと
関西で働いていたとき、大きな地震がありました。
夜勤明けの朝で、まだ病院にいた時間帯。すごく揺れて、怖かった。でも気づいたら体が動いていて、受け持ち患者さんの機械類や安否確認をしていました。
先生たちも走って患者さんのところへ向かっていて。その姿を見て思ったんです。
あ、私はここまでできない。
自分の命よりこの他人の命を優先しなきゃいけない、そのことをリアルに感じた瞬間でした。先生たちがすごいというより、私にはここまでの情熱も根性も注げないって、はっきり気づいた。
怖かったのに体が動いていたのは、看護師として染み付いた習慣だったんだと思います。でも心の中では、自分の大切なものを守りたいって気持ちの方が強かった。
今は守るべきものが家族になって、それが正直しっくりきています。
しんどかったけど、意味はあった
きれいごとを言うつもりはなくて。
看護師の仕事、しんどかったし、向いてない部分もたくさんあった。でも振り返ると、あの経験がなければ気づけなかったことがたくさんあります。
大切な人との時間を大事にしようと思えたのも、自分が何を優先したいかはっきりわかったのも、あの現場にいたからこそ。
良くも悪くも、今の自分につながってる。それで十分、無駄じゃなかったと思えています。


